貧乏な子ども時代、落ちこぼれの高校時代を送った知事だからこそ「くまモン」を重用した!?

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「くまモン」が再ブレイク中だ。「手塚治虫」「西郷隆盛」といった偉人を取り上げる「伝記マンガ」シリーズに名を連ね、新年早々、女性週刊誌の表紙も飾った。極め付きはドキュメンタリー番組への出演だ。NHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』で「地方公務員・くまモン」として密着された。くまモンは、ご当地キャラ、ゆるキャラの枠を大きく超えて始めている。くまモンと他のゆるキャラは、いったい何が違うのか? くまモンを追いかけ続けるノンフィクションライター亀山早苗が解説する。

 

 

 

【くまモンの物語 Vol.1】きっかけは九州新幹線全線。知られざる「くまモン」誕生秘話

 

知名度・人気度ともに日本一、おまけに2017年の関連グッズは1408億円と「稼げる」熊本県営業部長兼しあわせ部長のくまモン。れっきとした地方公務員である。最近ではNHK「プロフェッショナル 仕事の流儀」に登場して、すぐに再放送が決定したり、女性週刊誌・週刊女性の表紙を飾ったりと話題になっている。

 

くまモン得意の「よかった」のポーズ。これをすると「かわいい」と声が上がる。「みなさんに会えてよかったモン」とくまモンの声ならぬ声が聞こえる ©2010熊本県くまモン

2010年にひょいと現れ、2011年にゆるキャラグランプリⓇで優勝、一躍人気者となった。ゆるキャラ界が決して「ゆるく」はなく、さまざまなキャラクターが生き残りをかけて模索を続ける中、くまモンはすでに「生きる伝説」「レジェンド」として、他のキャラからも垂涎の的となっている。

 

とはいえ、くまモンとて最初から地元熊本で大人気だったわけではない。多くの人たち、そしてくまモン自身が努力を重ねてきて今がある。

 

そもそもは、2011年の九州新幹線全線開通がきっかけ。開通すると大阪からの新幹線は鹿児島中央駅まで延びる。

 

「熊本が素通りされる!」

 

宣伝があまりうまくない熊本県もさすがに焦った。なんとか熊本で降りてもらいたい、3大名城のひとつ熊本城を見てもらいたい、阿蘇や天草へも出かけてもらいたい、肉も魚も野菜もおいしいこの地でおいしいものを味わってもらいたい。そこで県は考えた。「何かPRをしなくては」と。天草出身の脚本家である小山薫堂さんと、「くまもとサプライズ!」というキャッチを考え出した。そして小山さんは知人の水野学さんにデザインを依頼。そしてできあがったのが、「くまもとサプライズ!」のロゴである。これは、観光客がびっくりするより前に、熊本に住んでいる人たちが、自分たちのふるさとのよさを発見して発信していこうとするプロジェクトとなった。

 

水野さんは、デザイン提出の際、最後にキャラクターをつけた。真っ黒い体、真っ赤なほっぺ。すべてが丸くてシンプルで、どこか愛らしい。黒目は細くてちょっとびっくりしているような表情。まさに「くまもとサプライズ」だ。

 

県としては「お、これいいんじゃない?」という反応。2008年から県知事となった蒲島郁夫知事のGOサインで、プロジェクトは発進した。イラストでは動けないので立体を作った。これがゼロ号とか初号と呼ばれている、ちょっと情けない着ぐるみ。人間が熊の頭をかぶったような、失礼ながら「キモイ」ものだった。

 

「それを見て、救いの手を差し伸べようと、どこからともなく今のかわいいくまモンが現れた」

 

というのが蒲島知事の見解。ゼロ号が熊本のおいしいものを食べて太り、今のくまモンになったという説もあるが、個人的には知事の見解を信じている。そして知事はこのくまモンを重用する。県議会に出席させたり、どこへ行くにも手をつないで連れていったり。

 

フランス・トゥールーズの広場で大ジャーンプ ©2010熊本県くまモン

そもそも、蒲島知事の経歴が非常に興味深い。戦後、満州から引き上げてきた両親のもとに生まれたのが1947年。熊本県北部の稲田村(現・山鹿市)で、祖母と両親、9人のきょうだいが身を寄せ合って小さな家で暮らしていたという。熊本県内の高校を卒業後、自動車販売会社に勤めたものの1週間で退職。その理由が、片道3時間半かかる通勤で体調を崩したから。その後、自転車で通える農協に勤めたものの、仕事への疑問がふくらんで2年で退職。そんなとき新聞で見かけた「派米農業研修生プログラム」という記事に心を動かされて、必死に勉強して合格、渡米した。その後、ネブラスカ大学農学部へ入学。さらにハーバード大学大学院博士課程に進学して政治経済学を研究、博士号を取得した。

 

帰国後は筑波大学教授を経て、東京大学法学部教授に。2008年に県民の圧倒的支持を得て県知事となった。貧乏な子ども時代があったから、落ちこぼれの高校時代を送ったから「普通の人たち」の気持ちがわかる。一方で、アメリカの自由な空気に触れ、がんばるものにチャンスをくれるアメリカのありようを体験もしている。

 

そんな蒲島知事だったからこそ、周りの目も気にせず、くまモンを連れ歩いた。そのときは県会議員も県民もさすがに戸惑ったらしい。苦情もきただろう。だが知事はどこ吹く風。自分がいいと思ったことは通すのが知事の方式なのだ。

 

とにかく目的は、九州新幹線が全線開通したとき、熊本に降りてもらうこと。つまりは熊本を知ってもらうことだった。そのために、熊本県とくまモンは一丸となってがんばっていくしかなかった。

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ノンフィクションライター

亀山早苗

明治大学文学部演劇学専攻卒業後(専攻は歌舞伎)、雑誌のフリーランスライターに。 ライター歴、もうじき30年。離婚歴1回の現在独身。長い間、男女関係に興味を持ち続け、さまざまな立場の男女に取材を重ねてきまし...

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